城に帰ってくるなり、俺は貸し与えられた部屋に飛び込むと手に持った大量の荷物を足下に放り捨てた。今日買ってきたものだ。
 ガシャガシャという音とともに両腕を圧迫していた荷物から解放されて、俺は自分が使うには高級すぎるベッドに飛び込む。柔らかくて気持ちいい。

「思い出を糧にする大陸、メモリア・イーター……、ね」

 正直、未だに信じているとは言い難いところもある。むしろ全くと言っていいほど信じられない。
 彼らの目の前でこそああ言ったが、俺はまだこれが壮大なドッキリであるという線を捨て切れてはいないのだ。
 よく考えればよく考えるほど、今まで聞いてきた設定には現実味がないように感じられる。
 ただ、この両腕に残る荷物の痕とじんじんという痛みだけが、これは夢でだけはないと告げてきている。これはドッキリかもしれないが夢ではない。現実だ。

「ああくそ……。何で俺がこんなところに来なくちゃいけないんだ……」

 考えれば考えるほど、自分である意味なんて言うものが見当たらない。
 三人に何か共通点でもあるというなら別だけど、そんな話も聞かなかった。
 もしかしたら秘密があるのかもしれないが、今の時点では情報が少なすぎる。
 そこまで考えてふと思い当る。

「ああ、情報か……」

 今の俺には情報が足りないのだ。次期国王やアイリスが『二人目』のことについてあまり触れなかったことだけじゃなく、今の俺には情報が足りないのだ。
 例えば今日の買い物で通貨単位や装備品の標準単価などは理解することができた(ちなみに言うと通貨単位は王道に“ゴールド”だった)。
 ただ、これから先旅するであろう大陸の地図や、どうしてここに来たのかという大切な情報が足りていなかった。
 原因の方は次期国王やアイリスのせい、ということで決着こそしているけど【どうやって】という部分は欠けている。多分魔法だろうとは想像ができるのだが、どういった魔法なのかはさっぱりわからない。
 そもそも魔法ってどんな原理なんだ? ≪炎熱の魔眼≫って何なんだ?
 そんなことを考えていたら買い物疲れの眠気も吹き飛んでしまった。気になってしまって眠れそうもない。

「……よし、聞きに行くか!」

 こんなところでぐずぐずしても仕方がない。
 俺はラティアかアイリス、あわよくば次期国王と話をするために部屋を出た。

 ……のだが。

「……、広いな……。……ここは、どこだ……?」

 城の中は想像以上に広く、想像以上に複雑だった。そして俺は、自分が目的地であるラティアやアイリスの居場所ももわからないままに部屋を出てきたことに気がついた。
 それ以前に自室に変えるための道も分からなくなってしまった……。
 ……我ながらものすごく格好悪かった。
 そしてこの事態を、王道だなと考えている自分にかなり嫌気がさした。




 結局誰とも会うことができないまま、衛兵に頼って何とか自室に帰りつくと、ベッドへのダイブももどかしく思考を開始する。
 ここはどういう世界なのか、とかどうして俺なのか、とか。
 ……そう言えばどうやってここに来たのか、というあたりで“向こう”について考えが回った。そうだ、俺は何で向こうのことを考えなかったんだ――。

 しばらく思い出して、向こうの世界での最後の記憶は学校からの帰り道、友人と別れたところまでだということがわかった。
 それ以降の記憶が俺には一切ない。多分この直後にこちらに連れてこられたのだろう。
 そう言えばこっちに来てからずっと頭が痛い……。まるで誰かに殴られたように鈍痛が続いているんだが魔法の副作用とやらだろうか?
 起きた時にラティアに4日間寝ていたと言われて――。
 今日5日目を過ごしたということは向こうでも5日間が過ぎてるんだろうなぁ……。旅が長期戦になったら向こうではどんな扱いになるんだか。
 まぁこっちの方が時の流れが速いっていう線もあるから諦めはしないけど……。

 ――友人たちはどうしてるだろう? 俺のことを心配してくれているのか? ま、そんなに心配はないだろうが……。
 もっと心配なのは姉貴だ。……あの姉貴が俺のことを心配してるとは思えないが、俺がいなくなったことをいいことに家事全般を疎かにしていることは容易に想像できる。
 帰った時に家の中から異臭がする、とかそういう話は勘弁してほしいんだがそんなことを言う機会も方法もない。
 やっぱり早く帰るしかないか。
 俺はそう決意を新たにすると、柔らかすぎて眠れそうにないベッドに体を横たえる。
 たとえ眠くなくても、明日適切な行動をするために少しでも休んでおく――。
 眠りにつくのは時間がかかったが、予想以上に深い眠りにつくことができたのはきっとベッドのおかげだろう……。



〇滞在6日目 朝

 チチチ、という小鳥のさえずりで目が覚めた。こういう日は清々しく過ごせる気がするから自然、一日が楽しくなる。
 むくり、と体を起こして洗面所に向かう。ここから先は流れ作業だ。洗顔に歯磨きに着替え、エトセトラ。支度はいつも通りだし、着替えは夏服だからそんなに時間はかからない。ここまででせいぜいが5分といったところだ。
 いつの間にかに洗濯されてぱりっとしているシャツをはおると学校に行こう、という気分が出てくるから不思議だ。別に晩今日は好きじゃないんだが。
 やっぱり友人がいるせいかな、と考えつつ腰に護身用の小剣をさしたところで。

「いや、ちょっと待て。今何かおかしい描写があったぞ……?」

 もう一回見てみよう。ワックスを使わずに整えられた黒髪、パリッと着心地のいいシャツ。着なれた学生服のズボンに、腰にさした小剣。
 自宅ではありえない広くて柔らかいベッドに、豪奢な調度品。そして城を思わせる広い室内。
 ……朝起きたら夢だった、という落ちは諦めるほかなさそうだった。

    ***

 しばらくするとラティアが俺のことを起こしに来た。

「コウタさ〜ん、朝ですよ〜……、ってもう起きてたんですか?」

「ああ、小鳥のさえずりで目が覚めてさ」

「そうですか。『昨日は疲れただろうからまだ寝かせてやっていてもいいんじゃないか?』って兄様は言ってましたけど、起きているんなら話は早いです。とりあえず謁見の間までついてきてもらっていいですか?」

「ああ……、そうするよ……」

 ラティアの様子に変わったところはない。今日も昨日とおんなじ感じなのかな、と考えて一回だけため息をついた。
 はぁ、早く帰りたい……。



 ラティアに連れられて辿り着いた謁見の間は昨日俺が泊まった部屋から案外近かった。昨日の夜に辿り着けなかったことが不運だと思えるぐらいには。
 ちなみに迷ったことは3人には言っていない。次期国王には伝わってるかもしれないけど、わざわざ自分から言うことでも、まして伝わっているか聞くことではないし、第一恥ずかしい。だからきっと言うこともないだろうな、と思う。
 それを除けば俺が語れるような話は存在しないよな……? と考えていたらアイリスがやってきた。昨日は先導していた次期国王の姿はない。

「それじゃあ始めてもいいかしら」

「ちょっと待て、なんで陛下はいないんだ?」

「兄様は公務とかで忙しいんですよっ! 気を使ってあげてください!」

「あ、ああ……、悪い」

「分かればいいんです、わかれば」

「って違う! 俺が聞きたいのはどうしてこんなところを使うかってことだよ!」

「ここしか開いていなかったんですよ」

「そ、そうか……、ならいいんだ……」

「……始めるぞ。まずはこの大陸、メモリア・イーターの形からだな」

 アイリスによると、この大陸はほぼ円形のような形をしているらしい。メモリア王国はその中央付近にあるということだった。
 そのうち最北端だけは地図が埋まっていないところがあって、どうやらそこから先が未開の地らしい。

「空を飛ぶ魔法もあるんですけど、消耗も激しいですしそこから先では何故か魔法そのものが使えなくなるみたいではっきりとした地図は作れないんですよ」

 というのが『空でも飛んでみればいいんじゃないか?』という俺の質問へのラティアの答えだった。
 そして西の大陸の端っこに魔王城はあった。そこに行きつくまでには、幾つかの国を通る必要がある。

「遠そうだな……」

「歩いたら軽く数ヶ月くらいは掛かるんじゃない? まあ魔法とか馬車みたいなものを使えば数日でもつくけどね」

「馬ってそんなに早いのか!?」

「ええ、馬車と言っても牽引するのは馬じゃないけど。楽しみにしているといいわ。それよりも、そろそろお昼にしましょう?」

「そうするか、このままだと今日中の出発は無理っぽいな……」

「そこまで急がなくてもいいじゃないですか。あ、兄様も誘ってきましょう! きっと喜んでくれますよ!」

 ラティアはそう言うと無邪気そうに駈け出して行った。




「なあ、お前は嘘を吐かれているぞ?」

 暗闇の中に、低い声がこだました。





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