『三人目』……光太に出会った次の日。
 アイリスとラティアは彼にこの世界のことを教えると言っていたが……次期国王、というより既に国王代理としての仕事が溜まっている俺には、それに同席するのは無理な話だったため、俺はこうして一人で執務をこなしていた。

 ちなみに今いるのは俺以外の人間も出入り出来る、公に『執務室』として認識されている方の執務室である。
 昨日のように事情があったのならまだしも、常にもう一つの執務室に篭っているわけにも行かない。何しろ向こうは親しい人間ですら立ち入ることを禁じているのだ。


 ……そういえば、と思い出す。
 昨日の夜のことだが、彼――光太が城内で迷っていた、と見張りの衛兵から報告された。

 まぁ、アイリス達に言う気は無いし、その必要も無いだろう。それに、彼の気持ちも分からなくは無かった。彼からしてみれば、見知らぬ世界に一人きりで、ついでに気持ちの整理に必要な情報も欠片程度しか手に入れられていないのだ。十年前の俺と同じように。

 と、そこで執務室の扉がノックされる。

「陛下、いらっしゃいますか」

 聞き慣れた衛兵の一人の声。それを確認し、答える。

「どうした?」

 扉が開き、予想通り見張りの衛兵のうちの一人が顔を覗かせる。

「陛下に謁見したい、という方がいらしております」

「誰だ?」

「それが……旅の商人で、陛下とは面識がある、と……」

 相手が名乗らないことに対してなのか、戸惑いを含む兵の声。その言葉から、一人の人物を特定する。

「そうか。謁見の間はアイリス達が使っていたな、ここに通せ」

「なっ……で、ですが陛下」

「大丈夫だ、危険は無い」

「……は」

 一礼し、衛兵が去っていく。俺は僅かに笑みを浮かべ、執務を再開した。


 少しして、再びノックの音。俺が返事をするのも待たずに、扉が開かれる。

「入るぞー」

 聞き慣れた、しかし久しぶりに聞く声。書類を一枚書き終えてから、俺は顔を上げる。

「……やっぱりお前か、久しぶりだな。ノックをしたら返事を待つべきだと思うぞ」

「おう、この大陸を旅立つ前だから五年ぶりくらいか? 相変わらずな性格だな、ミツヤ」

 大雑把な、しかし決して不快では無い印象を与える笑みを浮かべる、俺と同い年の紅い髪の男。
 ……五年も立つのに、コイツは全く変わっていないらしい。

「お前も変わっていないみたいだな」

「そうだな……あ、でも変わったぞ、結婚したし。子供もいる」

「っ!?」

 思わず立ち上がる。が、すぐに落ち着きを取り戻し、再び腰掛ける。

「本当か?」

「本当だっつーの。流石に旅には連れてけねーし、この町に置いて行くことになるけどな。そういうわけでよろしくな、次期国王陛下殿」

「はいはい」

 苦笑する。
 ……性格は変わっていなくても、周りを取り巻く環境はお互い随分変わったか。

 俺の目の前に立つこの男は、九年前まで俺やアイリスと共に旅をしていた、言わばこの世界での親友とでも呼ぶべき存在である。色々あって『あれ』に到達する直前に一度別れたのだが、その後もよく会っていた。
 最後に会ったのが五年前で、ちょうど養父が倒れた年。俺は王の代理として執務に慣れようと必死で、コイツはというと大陸では行商人としてそれなりに成功を収めたところだった。で、会ったは良いがろくに会話する時間も無く、挨拶程度でコイツは大陸を飛び出していったのだが……
 正直、こんな大雑把な奴が行商人としてやっていけるのが不思議である。いや、良い奴なのは十分分かっているんだが……

「で、用はそれだけなのか?」

「ああ、そうだった。店出すのに許可要るだろ? それは門のところで貰えたけど、ついでに顔見せておこうと思ってな」

「そうか……だが、タイミングが悪かったな」

「何、アイリス出かけてるのか?」

「いや、城にいる。『三人目』と話をしているはずだな。ラティアも一緒だ」

 コイツはラティアと直接会ったことは無いが、存在は知らないはずが無い。そのため、そう付け足す。

「ラティア様も? ……なぁ、『三人目』って、『三人目』?」

「ああ」

 首肯する。一緒に旅をしていたのだから、もちろんコイツはメモリア・イーターのことや『目』のことを大体知っている。俺がどこから来たのか、というのも……はっきりとコイツの前で明言したことは無いが、何となく分かっているのだろう。

「どうする? これからしばらくアイリスもラティアも旅に出るし、どうしても会いたいと言うのなら呼ぶが」

「いや、良いよ別に。俺もしばらくはこっちを旅するだろうし、運が良ければ途中で会うだろ」

「……そうだな、そのときはよろしく頼む」

「任せとけって!」

 ***

 しばらく他愛の無いことを話し、やがて親友が立ち上がる。

「そろそろ昼だな。そういうわけで、俺帰るわ」

「ああ、もうそんな時間か。送る必要は無いな?」

「ねーよねーよ、道完璧に分かるし。行商人舐めんなよ!」

「じゃあさっさと帰れ」

 まぁ、執務の方は喋りながらも進めていたので大体終わったのだが。

「帰る帰る。じゃ、またなミツヤ」

「ああ、また」

 部屋から出て行く彼を見送り、一息つく。
 少しして廊下からパタパタと足音が聞こえ、ノックと共に扉が開いた。

「失礼します」

 訝しげに後ろを振り返りながら部屋に入り、俺の前に来るラティア。
 彼女はその表情のまま、俺に訊ねてくる。

「あの、兄様……今そこで兄様と同じくらいの年の男性とすれ違ったんですけど、お客様ですか?」

「古い友人だ。また来るだろうから、きちんとした挨拶はそのときで良いだろう」

「分かりました。……そうだ兄様、執務終わりました? そろそろお昼ですし、ご飯食べに行きましょう! アイリスさんとコウタさんも一緒です!」

「ああ、この世界の説明は終わったのか?」

「それはもうバッチリですよ! で、どうします?」

 妹の問いに、笑みを浮かべる。

「……そうだな、それじゃ一緒に行かせて貰おうか」

「やったっ! じゃ、謁見の間で待っていますね!」

「ああ、すぐに行く」

 ラティアが部屋を出て行く。書類を整理し、道具を片付けて、俺もその後を追う。

 さて……彼の心境は、どう変化しているか。




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