アイリス達に援助資金を渡して送り出し、執務を終え、自分の寝室へと戻る。
 部屋に入り、さっさと寝る準備に取り掛かろうとすると、不意に背後に人の気配がした。

 ……ノックも挨拶も無しに……それどころかドアを開けることすらなく王の寝室に入ってくることの出来る人間など、決まっている。
 俺は振り返り、背後にいる彼女を睨み付けた。

「一日に二度も俺の前に現れるとは珍しいな、レヴィア」

「そうですわね。『助言』の他に、少々訊きたいことがあったものですから」

「何だ?」

 さっさと話を終わらせて帰らせようと、訪ねる。
 ……彼女は俺が考えていることを口に出さずとも言い当ててくることが多いのだが、何故わざわざ。

 レヴィアはくすくすと笑い声を上げる。

「確かに訊く必要はありませんが、事実の確認は必要でしょう? 三人目の印象ですわ」

「……俺から見て、ということか」

「ええ」

 首肯し、黙り込むレヴィア。俺の答えを待っているのだろう。答えるまでは帰りそうに無い。
 俺は考えつつ、正直に答えることにする。

「……普通の高校生、といった感じだったな。十年前の俺と同じだ」

「だからこそ、『左目』としては最適なのでしょう」

「そうだな。……それと、個人的にはあまりアイリスと仲良くなって欲しくは無いな」

 嫉妬に狂うから。

「ラティア様とも、ではありませんの?」

「……いくらなんでも、妹に恋愛感情は抱かないさ」

「血は繋がっていませんわ」

「それでも、ラティアは妹だ。兄として若干抵抗はあるかもしれないがな」

 そういうと、レヴィアはまた笑う。

「良いでしょう、ならば『真実』と『助言』を一つずつ」

「……やっぱりそういう流れになるのか」

 彼女の言葉に警戒する。

 ちなみに一まとめに『助言』と言っているが、『真実』と『助言』は彼女曰く別物らしい。両方とも言葉の通りなのだが……
 『真実』は事実だけを情報として伝えてくる、俺からすればいくらか信用出来るもの。
 『助言』は俺が次にとる行動の選択の手助けとなるもの。彼女の意思も含まれるため信用は出来ない。

「そんなに警戒なさらずとも構いません。まずは『真実』を。この大陸……『メモリア・イーター』に振り回されている人間の中で、向こうの世界からこちらに来たのは、陛下を含めて五人ですわ。貴方がた『左目』の他にも、二人」

 光太に会う前に教えてきた『真実』の続きと言えることを、レヴィアが告げてくる。
 もちろん驚く。俺と魔王、そして光太。こっちに来たのは三人のはずなのだ。そりゃ驚くさ。
 だが、

「それを俺に告げて、何になる?」

「陛下が知る必要はありません。……では『助言』を。今回の『両目』の旅は、穏やかには済まされませんわ」

「……何をした?」

「私が何かしたと決め付けていらっしゃるのですね。……種は蒔きましたけれど」

「そうか」

 それを聞き、嘆息する。怒ったところで何かが変わるわけではないのだ。それに……普通じゃないことが色々と起きるのなら、ある意味大陸に取っては良いことだとも言えるのだろう。

「あら、意外と静かですわね」

「三人が危険な目に遭う、と決まったわけじゃないからな」

 彼女はまたくすくすと。

「それもそうですわね。では、私はこれで」

 何か言う間も無く、彼女の姿が掻き消える。
 俺はそれを確認し、嘆息した。

「……疲れたな。今日だけで色々と起こりすぎだ」





○数刻前――

「わたしになんの用? レヴィア」

 わたしの問いに対し、彼女は笑みを浮かべる。実際にはフードに隠れて表情は見えないが、そんな気配。

「私が『助言』目的以外で現れることなどありませんわ。貴女に対しても、陛下に対しても」

 陛下。それがこの国の次期国王様を指しているらしいということは、彼女の話を聞いているうちに分かっていた。
 もっとも、その人については何も分からないのだけど。
 何も分からないというのなら……

「あら、そんなに警戒する必要はありませんわよ? 貴女に危害を加える気は、今の私には無いので」

 彼女、レヴィアについても、分かることは少なかった。
 五日前に出会い、私に色々と助言……そして今着ているこの服を与え、姿を消した女性。

 彼女に対しては、私の力はイマイチ上手く機能してくれなかった。
 要するに、『彼女がどんな感情を私に向けているのか』というのが、まったく分からない。

 だからこそ……私にとって、この女性は十分恐怖の対象になりえた。
 だけどそれすらも、レヴィアにはお見通しらしい。

 私は何とか平静を装う。

「じゃあさっさと『助言』とやらを聴かせて」

「では遠慮無く。……いつまでそうやって、泥棒の真似事をなさっているつもりですか?」

「っ」

 呆気無く……その一言を聞いた瞬間、私は動揺を見せてしまう。
 そんなことはお構い無しとばかりに、レヴィアは言葉を続ける。

「いつ金銭が尽きるかも分からない日々を送るために、貴女は生きているのですか?」

「だ、って……そうでもしないと」

「だから『助言』をしに来たのですわ。貴女に道を示すために」

「道……?」

 聞き返すと、彼女は首肯。

「貴女に私が示すことの出来る道は三つ。一つは今のまま、泥棒の真似事をして、生きることに必死になる暮らしを送る道。金銭的な不安が常に付きまといますわね。もう一つは私の庇護下に入り、この町で生きること。私の言うことは聞いて頂きますが、代わりに生きていく上で最低限必要な程度の金銭は援助します」

 最低限、を強調するレヴィア。……それでも、満足な生活は送れないということなのだろう。

「三つ目は?」

「貴女がそのダガーを盗んだ武器屋に、とある三人組がいましたね?」

「……学校の制服みたいな服を着た日本人みたいな人と、長い金髪をポニーテールにしていた人と、王女様?」

「ええ。この『メモリア・イーター』と『両目』の関係は知っていますわね?」

「基本的なことならね」

 首肯する。

「金髪のポニーテールは『右目』、少年の方は新たに呼び出された三人目の『左目』……これから旅立つところです。ラティア様は単なる付き添いのようなものですわね」

 少しだけ、嫌な予感がする。

「それで……三つ目の道は?」

「……『両目』とラティア様の三人の旅を追いなさい。私の『助言』に従い、ときに彼らに接触すること。もちろん危険なことも多いですが、この道を選ぶなら、貴女が必要だと言った分の金銭は援助しますわ。本当に必要かどうかは、私には分かりますし……まぁ、少しくらいならおまけ致しましょう」

 要するに、危険を冒して三人を追えば、三つの中で一番良い生活を送れるということなのだろう。
 確かに必要だと言った分のお金がもらえるのはありがたいし、『少しくらい』とはいえおまけすらしてくれるという。
 断る理由なんて無いだろう。

 ……でもそれは、レヴィアが信頼出来るならの話。
 どうして三人との接触を求めるのか、どうして彼女が自分でやらないのか。疑問は多く残る。

「前者に関してはお話出来ませんが……私はこの町を離れるわけにはいかないのですわ」

 私の心を読んだかのように、レヴィアがそんなことを言ってくる。

 ……仕方ない。どうせこのままじゃずっと盗みばかりだ。

「私は……三つ目の道を選ぶ」

「ふふっ、そう言うと思っていましたわ。ならばまずコレを」

 渡されたのは、小さな……私達の世界の五百円玉より一回り大きい程度の鏡だった。薄さも五百円玉程度。銀で縁取ってあり、裏には私にはよく分からない、魔法陣のような模様が彫られている。首にかけられるようにか、銀色の鎖がついていた。

「連絡の際に使用します。使い方は分からなくても、こちらから連絡するので身につけているだけで構いませんわ。それと……」

 ずっしりと重い袋を渡される。中には当然のように金貨がどっさりと。

「すぐに準備をして、彼らを追ってください。万一見失った時には連絡しますが」

「……そんなことで貴重な時間を潰させるのは避けろ、ってことね」

「ええ。それと、彼らと接触してほしいときもこちらから連絡しますわ。それ以外での接触はなるべく避けるように」

「分かってる」

 頷き、彼女と別れる。振り返ったとき、既に彼女の姿は無かった。

 ……さて。さっき耳に入ってきた彼らの話の断片から察するに、三人の準備には時間がかかるだろう。だったら私はさっさと準備を済ませておこうかな――





○???にて・レヴィア――


 ……これで種は蒔き終わった、か……


 私は暗闇で、一人嘆息する。

 …………光也と接しているうちに慣れたと思っていたけど、やはり大切な相手に敵意を向けられるというのは辛い。
 もっとも、それ以外の接し方は許されないのだけれど。


 相葉光也と私は、中学からのクラスメイトだった。

 初対面は入学式。隣の席ではあったからそれなりに話もしたけど、所詮その程度の付き合いだった。
 変わり始めたのは二年生で、また同じクラスになったとき。当然というべきか、出席番号の関係でまた隣で……またかー、何て笑い合ったりもした。
 三年生になるともう同じクラスなのも予想出来て、お互い名前で呼ぶようになって、一気に仲良くなって……


 恐らく私が当時の彼に抱いていた気持ちは、『恋』と呼べるものだったのだろう。
 当時の彼は光彩(ひかり)のことしか頭に無かったようで、ちょっと嫉妬もしたけど……

 光彩とも面識はあった。もちろん、光也の紹介で。
 向こうがどうだったかは知らないが、彼女は一人っ子の私にとっては妹みたいなもので、割と仲も良かった。

 高校も偶然だったけど一緒で、当然同じクラスで、いつまで続くんだろうと内心楽しみでもあった。

 なのに――


「突然異世界に飛ばされて、再開がこんな形になるなんて……ね」

 自嘲気味に笑う。

 恐らく今の私は、『右目』……アイリス・メモルライトと戦って圧勝出来るだろう。
 だけど、この圧倒的な力と引き換えに、全て奪われた。姿も、名前も、日常も、幸福も、全て。

 だから私はこの大陸を憎む。私から全てを奪ったこの大陸を。
 この大陸さえ無ければ、私は……私達はずっと向こうの世界で、それなりに幸福な日々を送れたのだから。
 大陸から生み出された『右目』すら、私の憎悪の対象。

 ……だから。


「さあ、始めましょう『メモリア・イーター』」


 一つのゲームを。
 私が勝てば全て取り戻せる、そんなゲームを。

 そのために光也に助言をし、光彩に彼らの後を追わせたのだから。

 
 私は、この大陸を――





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