未だ空に月の輝く宵闇。
草木も眠る丑三つ時にその声は響いた。
「・・・下・・・陛下・・・」
崖の上に聳える城。ゴシック建築の粋を集めた、まるで中世の教会のような城。
不気味なのに何故か近づいてみたくなる、まるで美しいゴーストのような城に再びその声は響く。
「陛下・・・陛下・・・」
その言葉に大きな天蓋付きのベッドで眠る青年は静かに身を捩る。
「・・・起きて下さい。魔王陛下。」
綺麗な女性の声だった。
「陛下・・・緊急です。起きて下さい、陛下。」
「ん・・・もうちょっと・・・後、70分・・・」
その答えに淑やかだったその声は一気にどなり声に変わる。
「そんなちょっとはありません!!!いい加減起きなさい!!陛下!!!」
「じゃあ、後40分・・・」
その言葉についに怒鳴っていたが途切れる。
そして・・・
パチンと指が鳴った。
途端にベッドが撥ねる。
寝ていた男は転げ落ち、そのまま、あたかもボーリングのボールのように転がって行き、黒いシートの張られた壁に辿り着く・・・と同時に、転がった男の体に電流が流れて・・・
「あんぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バリバリという音と共に民家なら明らかに隣と向かい三件が跳び起きそうな程の悲鳴が響き渡った。
それを見て、指を鳴らした女がニヤリと微笑む。
非常に美しい女だった。透き通るような白い肌にプラチナブロンドの長い髪。背丈はそれほど高くはないが、ルビーのように輝く赤い瞳がその少女の美しさをさらに引き立た
せていた。
「お目覚めになりましたか?魔王陛下?」
未だパチパチと青白い閃光の立つ床の上で寝そべる男に向かって少女はそう問いかける。
「・・・・・・クリスティアーネ君・・・」
プスプスと煙を出しながら、男は言い返す。
「君は私を起こしたいのかね?それとも永遠の眠りにつかせたいのかね?しかも、あんな古典的なトラップで・・・」
その問いに対して、少女はしばらくの間「う〜ん」と考えていた。
※ ※ ※
それから約30分後。漆黒のマント姿に着替えを終えた男はフラフラとした足取りで玉座へと向かい、ヘナヘナと腰を降ろし、それと同時に大きな欠伸をした。
まあ、無理もない。現在時刻は丑三つ時。まさに草木も眠る時刻である。
「それで・・・改めて聞こうクリス。こんな時間に俺を起こすって・・・一体何があったの? 絶滅危惧種のドラゴンの喧嘩? それとも、ペットの不死鳥が食中毒で死にそう
とか? あるいは、ついに伝説の勇者が俺のこと倒しに来た? 」
玉座に頬杖を突きながら、男は眠くて仕方が無いという目で目の前の少女を見つめる。
しかし、この男・・・見れば見る程普通の男だ。年齢は見た目からすると20歳前後といった所なのだが、寝起きのクシャクシャの髪に東洋的な顔立ち。ただ黒い髪と黒い瞳
だけが静かにその男の存在を引き立たせていた。
「いえ・・・どれでもありません。菅原奏詩(かんばらそうし)陛下。っていうか不死鳥は死にません。」
そう突っ込みを入れるのは先程の少女。
奏詩に対して、少女は一切の眠そうな様子もなく言い返す。
「じゃあ、何? もしかして、君が死にそうだとか? 」
まるで、死んでくれた方が助かるような言い方だ。
そんな嫌味にも一切めげずクリスティアーネは続ける。
「いえ・・・もっと面白い情報です。」
奏詩がニヤ付いた。
「へぇ・・・世界最強の吸血鬼“真祖”である君をしておもしろいと言わせるか・・・一体何だい? 我が執事君? 」
「第三の少年が召喚されたそうですよ?」
その言葉に奏詩は冷静を装ったがどうしても体がピクッと僅かに反応する。
口元が自然とニヤけ、静かに椅子から立ち上がった。
「そうか・・・ついに現れたか・・・」
「ついにって・・・別に待っていたわけでもないでしょう?」
「まあね。でもやっぱ同じ世界出身って嬉しくない?オラ、ワクワクすっぞ!!」
「私には同族が居ませんので・・・」
熱くなりつつある魔王奏詩に対し、クリスティアーネは至って冷静だった。
まあ、この男の言動にいちいち付き合っていたら体が持たないので・・・
「絶滅危惧種の真祖様はつらいねぇ〜・・・」
再び奏詩の嫌味が飛ぶ。
「なんかうれしそうですね。」
「別にぃ?」
中身の無い会話が(嫌味だけはたっぷりの)はその後しばらく続いた。
「それで・・・どうするおつもりですか?」
「何が?」
「その第三の少年です。会ってみるとか? とりあえずどんな人間だか調べてみるとか? 」
クリスティアーネのその言葉に奏詩は頭をポリポリ掻いて、暫く考え込んではいたモノの出した結論は・・・
「ん〜・・・とりあえずは傍観かな〜・・・」
というなんとも味気ないモノだった。
「でしょうね。」
奏詩の言葉にクリスティアーネは呆れたように言う。
「あなただったらそう言うと思ってました。何しろ、希代のめんどくさがりですからね・・・あなたは・・・」
「だったら叩き起こす必要って無かったんじゃないのかな?クリスティアーネ君。」
嫌味っぽくクリスティアーネにそう言う奏詩。そもそも、彼女のことを本名+君付けで呼ぶのは嫌味を言う時だけだ。そして、それはクリスティアーネも知っている。だから、嫌味には・・・
「一応、報告をしただけです。必要な情報は絶えず主に報告する。それが執事であり、王佐でもある私の役目ですので・・・それとも、我が主はそんなことすら忘れてしまう
ほど脆弱な脳みそをお持ちなのですか?だとしたら、来世はトイレットペーパーの芯とかに生まれ変わった方がよろしいかと存じますが・・・」
嫌味で返す。しかも数割増で・・・
そして、言い争いは結局クリスティアーネの勝ちだった。奏詩はだまって唇を尖らせる。確かに昔「何か大きな変わりがあればすぐに自分に知らせろ」と彼女に命令したこと
があるので、言い返すことが出来ないのだ。
「じゃあ、そういうことだから・・・おやすみ・・・」
状況が悪くなった奏詩はそそくさと退散し、再びベッドに戻ろうと玉座を立ち、入口へ向けて足早に歩き出した。
まあ、少しだがその第3の少年は気になる。しかし、負けたばかりのクリスティアーネに頼むのは癪だし、きっと自主的に調べてくれるだろう。
とにかく、今は眠い。コマ海事を考えるのは明日にしたかったのだ。
「お忘れなきよう・・・」
すれ違い様にクリスティアーネが魔王に向けて発言する。
「あなたの血液と引き換えに、私はあなたの剣となり、駒となり、力となると誓った。全てを選ぶのはあなた。私は出過ぎた真似はしませんよ。ただ、あなたが言われたこと
に忠実に従うのみです。」
つまりは、自主的に調べることはしないと言うことか・・・まったくこの子は・・・本当は心を読めるのではないだろうか?
ここまで言われては仕方が無い・
奏詩はハァとため息をつき、
「一応調べてくれるかな・・・詳しくじゃなくていいけど、せめて名前ぐらいは知りたい。後、どんな人間かも・・・」
静かにクリスティアーネに向かってそう呟いた。
「イエス・・・ユア、マジェスティ・・・」
ニヤッと笑ったクリスティアーネは腰を折り、深々と頭を下げる。
「まったく・・・夜なのに元気がいいね・・・君は・・・」
「そういう種族ですから・・・私は・・・」
奏詩が振り返って笑い、それに対して、クリスティアーネも笑い返した。
「じゃ、よろしく。」
魔王はもう一度「おやすみ」というと、自分の部屋へと戻って行った。
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