「ふぅ……」
浮いてもいない汗を拭い、私は目の前に倒れる黒髪の男性を見下ろした。
年は私と同じか、少し上くらいだろう。見たことの無い服を着ていることからして、兄様の言っていた人で間違い無さそうだ。
……と、そこまで考えて私は、手に握っていたものを見る。
「あっ……私、もしかして兄様のお客様に攻撃してしまいました!? だ、大丈夫ですよね!? 兄様許してくれますよね!? と、とりあえずこれはしまって……と」
手に握られていた、鞘に入ったままの剣を腰に下げ直す。この男性があまりにも露骨に私のことを無視するものだから、ついこれで殴りつけてしまった。
まぁ、鞘に入ったままだったし、多分大丈夫だろう。……鞘にも装飾は大量に入っているから、かなり痛そうだけど。
道のど真ん中に立っていた男性を邪魔にならない場所まで何とか移動させながら、私はどうしてこういうことになったのかを思い返していた――
それはついさっき、この町の中央にある王城でのことだった。
「お客様、ですか? 兄様」
「ああ、そうだ。それも、ここでは無い世界からの」
「ここでは無い世界……ですか?」
兄様……この国の次期国王は、私の言葉に頷く。
「俺も詳しくは分からないが……恐らく黒髪で、俺達は見たことも無いような変わった服を着ている男のはずだ」
「そんな方を、何故この国に?」
「……彼がいなければ、この国が滅びる危険性があるそうだ」
「っ!」
兄様の言葉に絶句する。つまりそれは……近いうちに、この国に危機が訪れるということだから。
「兄様! このこと、父様は既にご存知で!?」
「いや、父上……国王陛下には、何も伝えていない。ただでさえ病床に就いているんだ、こんなことを知らせて容態が悪化して欲しくは無い」
「そうですね、政治のことも兄様が引き受けていますし……母様には」
「客人が来るとだけ、伝えてある」
兄様の言葉に、息をつく。だったら私が出来ることは一つ!
「分かりました、兄様! お客様を迎えに行って来ます!」
私の言葉に、兄様は微笑んだ。
「ああ。頼んだぞ、ラティア」
……そういうわけで、私は大好きな兄様のため、護衛の目を盗んで城を抜け出して一人で客人探しをしていたわけだ。
ああ、もちろん兄様にはそんなこと言われていないけど。だって護衛がいると動きづらいし!
それにしても。
「いつになったら起きるんですか……もう強制的に起こしちゃいますよっ!」
私は目の前の意識が無い男性の頬を、思いっ切り引っ叩いた。
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