○???にて
「はぁ……」
見慣れた闇の中で、私は一人嘆息していた。
もっと黒く醜い怒りや嫉妬なら常に抱いていると言っても過言ではないのだが、こういう感情を抱いたのは、この世界に来てから初めてかもしれない。
理由は言うまでも無く……私は、早速『目』一行と接触してしまった――どころか名前まで明かしてしまった光彩を『視』る。
まぁ、接触については問題無い。否、問題はあるけど、この世界に来る前の光彩の性格を考えると、予想出来なかったことではないのだ。本当に問題なのはその後で……この後、彼女は城に連れてこられることになる。
それは推測や予想ではなく、事実。
私がこの眼で視た、事実。
もし今、光彩と光也が出会ってしまったら――最悪の未来か最高の未来か、そのどちらかしか存在しなくなる。
最悪の未来。二人が『右目』の側についてしまうこと。そうすれば私はもう手出し出来ない。この世界から出られない。
最高の未来。二人が私の側についてくれること。そうすれば私は全てを取り戻せる。この世界から、出られる。
そして可能性として高いのは、今はまだ前者。
だから私は……本来私の望みの一つであるはずの光彩と光也の再会を、全力で邪魔しなければいけない。
……そのために。
「レヴィア」
背後から聞こえた男の声に振り向く。
闇の中にぼんやりと、さっきまでは無かった人影。
「こっちはやることを終わらせたよ。国政に不満を持っていた人間の考えを『王女を狙う』方向に上手く誘導して、結束させた。半分くらいがさっき王城に攻め込んだ。王女がいないことに気付いて、半分は逃げおおせたみたいだけどね。それと何人かは戦闘中かな?」
「そのようですね」
王城で起きた事件については視ていたが……
『右目』と交戦中の二人、王女達の傍にいる銀髪の男。それらを確認して、私は軽く首肯。
「なら良い。彼らは全員僕の息がかかってる、裏切ることは無いよ」
……もし裏切れば、彼は容赦無く裏切り者を始末するだろう。むしろその事態を喜ぶかもしれない。
大陸の敵として生まれ、親が無く、小さい頃から迫害されて来たが故に――彼の大陸への憎しみはとても深く、故に彼は、狂わなければ彼でいられなかったのだから。喋り方こそ穏やかだが、彼と初めて会った者はきっと、言い様のない恐怖を覚えるだろう。
そして、それは……狂っているのは、もしかしたら私も同じかもしれない。十年間、『左目』として旅をして、王子として……次期国王としての生活に慣れていく光也を、ただこの闇の中で視ているしかなかった私にも――深い深い、『メモリア・イーター』への憎しみが植えつけられているのだから。
『右目』アイリス・メモルライトとほぼ同時期に作られた、彼女と間逆の存在――
大陸を維持させまいとする一つの意志によって、私はこの世界に呼ばれ、彼は孤独に生まれた。
大陸を壊そうとする一つの意志によって、私は過去も現在も未来も、心すら視ることが出来る力を、そして『右目』と戦って圧勝出来るだけの力を、一方的に与えられた。
大陸に刃向かう一つの意志によって、彼は人の心を操る術と、圧倒的な破壊の力を、一方的に与えられた。
だけどきっと、本当に必要なときにはその力は働かないのだろう。彼が人を操れるにも関わらず、偽りの温かささえ手に入れられなかったことを考えれば分かる。
本来憎しみを向けるべきはその意志なのだろうけど――そもそも『メモリア・イーター』なんてものが無ければ、という気持ちの方が勝ってしまって。
そんな私と彼の利害は一致して、だから私達は『意志』に従い、手を組んでいるのだ。
そこに信頼関係など微塵も無い。
だいぶ間を空けて、彼が言葉を付け足す。
「ああ、それと、『もう一つ』の件に関しても済ませてきたよ。そろそろ発覚する頃だ」
「そうですか……ならば私は光也に助言してくるべきでしょうね。……ああ、その間に城で何か騒ぎを起こしてください。光也と光彩を会わせるわけにはいきません」
「……王との謁見を中止せざるを得ないほどの騒ぎだね、分かった。それじゃ他のことは任せるよ」
「ええ」
私が頷くのを確認して、彼は闇に掻き消えた。
そして私も、また――
○会議後の会議室
黒い助言者が俺の前に姿を見せたのは、会議が終わった直後――俺以外の人間が出て行き、静かになった会議室内でのことだった。
「こんにちは陛下。浮かない顔つきですわね?」
「理由は知っているだろう」
「ええ。ラティア様を狙う輩による、城への侵攻――全員捕らえてはいないようですわね」
「半分は逃げられたらしい」
嘆息する。
くすくすと笑みを零すレヴィア。
「……街でもラティア様達が襲われましたよ。もっとも、『両目』が食い止めましたけど。三人とも彼らを呼び戻しに言った兵士達と合流して、城に向かってきています」
「…………そうか」
レヴィアの言葉から三人とも無事であることを確認し、呟く。
彼女は俺の反応などどうでも良いかのように続ける。
「それともう一つ。そろそろ衛兵が知らせに来るでしょうけど――現在、大陸全土でモンスターの大量発生、及び凶暴化現象が起こっています」
「なっ!?」
思わず声を上げる。
モンスターの大量発生……それに凶暴化!?
無理やり心を落ち着かせ、俺はレヴィアを睨みつける。
「一体何をした、レヴィア? 言っていたな、今回の旅は穏やかには済まされないと――」
「――私が種を蒔いた、と。ええ、確かに言いました」
「その『種』が、これか」
「その一つであることは否定しませんわ。……だけど陛下は私を捕らえられない。違いますか?」
「……」
俺は押し黙る。
そう、それが厄介なところなのだ。例え彼女が自分がやったと認めたとしても、モンスターの大量発生や凶暴化など、常識的に考えて出来るわけが無い。
一匹や二匹の召還や凶暴化、ならまだ分かる。その程度であれば、アイリスや光さん……いや、奏詩さん辺りなら出来ないことも無いのかもしれない。だけど今回は、この大陸全てで同じ現象が起こっている……そう、この助言者は告げてきているのだ。
可能かどうか、ではなく、有り得ない。
それに、彼女は確かに信用出来ない厄介な存在だが、その助言に偽りは無い。それが無くなるのは割と痛手である。
そんな認めたくない事情が重なると、俺としては『レヴィアが何をしていたとしても、こちらに実害が無い限り無罪』と言う結論にせざるを得ないのだ。
……いや、モンスター凶暴化を『実害が無い』と言えるのかは疑問だが。
レヴィアはさり気無く話を戻す。
「緊急時を想定して以前から決められているのは『国民には不用意に街から出ないように警告。及び兵士を総動員し、退治に向かわせる』でしたね?」
「何か問題があるのか?」
「ええ。陛下、モンスターは『凶暴化』しているのですよ」
その言葉に、思わず眉を顰める。
彼女は構わず、くすくすと笑う。
「それでは一つ『助言』を。モンスター達は凶暴化に伴い、通常より遥かに強力になっていますわ。普通の兵士では太刀打ち出来ないほどに」
「なっ……」
「ですから、兵士達を失いたくないのならば、退治には向かわせ無い方がよろしいかと。少し街の警備を強める程度で、各々普段通りの生活を送ることを推奨しますわ」
「アイリス達はどうするんだ?」
「あの三人に限って負けることは無いでしょう。凶暴化したモンスターが通常より強力とは言え、それはあくまで普通の兵士にとっての話ですから。予定通り旅に出てもらうべきですわ。心配なら魔王にでも連絡を取って、魔王の国の周辺だけでも討伐しておいてほしいと頼めばいかがです?」
「……そう、だな」
彼女の言いなりにはなりたくないが……それが最善のように思えた。
凶暴化したモンスターにも対抗できるほど強い兵士だけを向かわせるとなると、人数が少ない分危険も大きくなる。国王代理として、一部の国民だけを危険な目に遭わせるような真似は避けたい。
かと言って俺が出るかと言うと、それも問題があった。実力だけで言えば……自慢したいわけではないが、アイリスに貰った力だ。本気状態の奏詩さんと、剣だけで対等に戦ったこともある。さっきの城への侵攻だって、その場に俺がいたら全員捕らえられていただろうと思ってしまったほどだ。
だが、一国の王……正しくは代理だが、それが軽々しく命を危険に晒すわけにはいかないらしい。
考えていると、不意に黙っていたレヴィアがポツリと呟く。
「あら、ラティア様達が城に着いたようですわね。……ですが、会わないことをお勧めします」
「何故だ?」
反射的にそう訊ね返すが、しかし彼女に答える気は無いらしく。
「……伝えたいことは伝えましたわ。決めるのは陛下です。……では」
一方的にそう言い放ち、いつものように掻き消えるレヴィア。
俺はまた深く嘆息し、謁見の間に向かおうと立ち上がる。
と、そのとき、城に轟音が響いた。
○謁見の間にて
「何!?」
「何だ!?」
「何ですか!?」
轟音、そして僅かな揺れ。それを確認し、アイリスと俺、そしてラティアがほぼ同時に叫ぶ。ちなみに兵士長は警戒するように辺りを見回し、光彩と名乗った例の少女は、ただ驚いたように目を見開いて天井を見つめて硬直していた。
そこにラティアが駆け寄る。
「大丈夫ですか、ヒカリさん!」
「え、あ……う、うん、大丈夫」
いや、別にちょっと音がしただけで、ここで何か起きたわけでは……と思ったのも束の間で、一人の兵士が謁見の間に飛び込んでくる。
「どうした、何があった!」
部下に向けて怒鳴るように問う兵士長。兵士はかなり慌てた様子で俺達の方を見る。
「すぐに避難してください、ラティア様、アイリス様、コウタ殿!」
「避難? 何かが攻撃でもしてきたのかしら?」
場違いなほど落ち着いたアイリスの声に促されるように、兵士も僅かに落ち着きを取り戻し、答える。
「は。それが、先ほどの侵略者達の仲間と思しき輩が再び攻めてきたようで……」
「ちょ、ちょっと待てよ……待ってください。さっき仲間が半分捕まったのに、ですか?」
思わず普通に突っ込みかけ、相手が兵士であることを思い出して敬語に直す。答えたのは兵士ではなくアイリスだった。
「そうみたいね。とりあえず私は鎮圧に強力してくるわ。コウタとラティアは避難していてくれるかしら。終わったら迎えに行くから」
「ま……待ってくださいアイリスさん。それなら私も……」
「大丈夫よ。二回目ともなればミ……陛下が黙っていないでしょうから。私は援護に回るだけ」
自信満々に告げるアイリス。
……そこまで凄いのだろうか、次期国王は。
「それにラティア。一般人を守るのだって、王族の役目でしょう?」
ラティアを諭すような口調で言い、視線で光彩という少女を示すアイリス。ラティアがハッとする。
「そうですね……それじゃ行きましょう、ヒカリさん、コウタさん」
「え? あ、うん」
「あ……ああ」
○大陸最強の剣士
ラティアとコウタ、そして例のヒカリという少女が謁見の間から出て行く。ヒカリについてはやはり気になるけど、彼女はあくまでも一般人。安全なところに逃がすのが第一だろう。
三人を見送り、私は立っていた兵士長と兵士の方を見る。
「貴方達も、逃げ遅れた人がいないか確認してきてくれるかしら。私は陛下の援護に向かうから」
「はい」
すぐに頷き、部下を引き連れて謁見の間を出て行く兵士長。
私もその後に続いて部屋を出る。
城を出ると、まず最初に見えたのは煙。聞こえたのは金属同士がぶつかる音だった。
後ろからの足音に振り返ると、ミツヤが私と同じような表情を浮かべながら近付いてくるところだった。
「アイリス……大丈夫だったか?」
「ええ。ラティアやコウタは安全なところに避難するように言っておいたわ。それより……」
私はミツヤの手に握られた、鞘に入ったままの剣に視線を落とす。
……見慣れたデザイン。十年前、この世界に来たときからずっとミツヤが使ってきたものだ。
「一国の王ともあろう者が人を殺したりしないようにね、ミツヤ」
「縁起でも無いことを言うな……大丈夫だよ」
「そう信じてはいるけどね」
私が嘆息するのとほぼ同時、ミツヤのところに一人の兵士がかけてくる。
兵士が口を開くより先に、兵士に向かって訪ねるミツヤ。
「味方に死者は……いないだろうな」
「は、今のところは。ですが重傷者が十数人ほど……それと戦っている兵の半分が軽傷を負っています。まだこちらが押していますが、この状況が続けば……」
言葉の先は言われなくても分かる。
同じことを考えたのか、ミツヤが僅かに目を細める。
「……そうか……じゃあ、下がっていてくれ」
「!? で、ですが陛下……」
「命令だ。他の兵士にも同じことを伝えてくれ。味方を巻き込みたくはない」
「……は」
兵士が下がり、少しずつ味方が後退する。それを確認し、ミツヤは声を張り上げた。
「侵略者達よ、俺は自分の味方が傷つけられることを決して許さない! 故にその身を持って思い知れ、大陸最強と謳われる剣を!」
言い終えると同時、ミツヤの姿が消えた。
否、正しくは目にも留まらないスピードで駆けた、というべきなのでしょうけど。
この場にいる中で視認出来ているのは私だけであろう、ミツヤの動き。メモリア流剣術とは違う、ミツヤ独自の剣術。メモリア流剣術の中にもミツヤが編み出した『単独奥義』は存在するけれど、ミツヤは『慣れていて使いやすいから』とこちらの剣術を好む。先ほどの言葉の通りに峰打ちか、切ったとしても致命傷にはならないよう十分配慮しているようだ。
それほど手加減しても、この実力。
確かにこの力の元となった『能力』を与えたのは私だけれど、この実力は紛れも無くミツヤの努力の結果だった。十年前、旅をしている間もそうだったけど……この世界に残ってこの国の上に立つことを決めてから国王が倒れるまで、彼はほぼ毎日、そこらの兵士よりよほど辛い訓練を積んでいた。
彼の養父でありラティアの父親である国王が倒れてからは国政を引き受けているけれど、それでも剣の腕は全く衰えていない。
やがて敵は全て倒れ、驚いている味方の兵士達だけが立っていた。
そこでミツヤが剣を収め、兵士達の視線が驚愕からミツヤへの賞賛、尊敬……そんなものに変わっていく。
ミツヤは息をつき、兵士達に指示を出した。
「全員捕らえて話を聞いておいてくれ。命に別状は無いと思うが、念のため手当てもな。……それと、アイリス」
「何かしら」
「悪いが、謁見は中止だ。この騒ぎが一段落したら、出来るだけ急いでこの街を出てくれ」
「……二度あることは三度ある、とも言うものね。分かったわ」
「ああ、頼む。ただ、気をつけてくれ。これはさっき入った情報なんだが……今、この大陸ではモンスターの大量発生、そして凶暴化という現象が起こっているらしい」
「なっ……何ですって?」
私は思わず聞き返す。
大陸の精霊とは言え、私は大陸のことを全て知っているわけではない。むしろ与えられる情報はミツヤ達とそれほど変わらないのだ。当然このことも初耳だったけど……
それにしても、そんなことが。
「本当なの? 一体どうして……」
「理由は分からないが、とりあえず事実らしい。ただ、凶暴化しているとは言えモンスターだ。多分、アイリスがいればラティアに危険が及ぶことは無いだろう。少なくとも、城にいて襲われる、という自体よりは遥かにマシなはずだ」
「……そう、そういうこと。分かったわ、すぐに出発する」
本当はもう少しミツヤと話したかったけど、仕方ないだろう。元々さっき別れたらしばらく会えないはずだったのだから、それほど残念ではないはずだ。……いえ、やっぱり少し残念だけど。
それが表情に出てしまったのか、ミツヤが軽く頭を下げる。
「……ごめん」
「どうして謝るのよ」
どう返して良いのか分からず……私はただ、からかうように苦笑した。
○城の中でも事件は起きる
城の外から聞こえる金属のぶつかる音や人の声を気にしつつ、俺達はラティアの後について廊下を走っていた。
「ラティア、アイリスだけを行かせて良かったのか? 結構敵の人数も多いみたいだけど……」
「大丈夫だと思いますよ。コウタさんは兄様の実力を知らないからそんなことを言えるんです!」
「アイリスも似たようなことを言っていたけどさ、そんなに強いのか、陛下は」
「えっと……確か、大陸最強の剣士だって言われているんだよね、次期国王陛下。そういう噂を何度か聞いたよ」
光彩という少女の言葉に、ラティアは深く……それはもう勢いよく深く頷く。
「そうです! この大陸に、剣術で兄様に勝てる人なんていません。だから大丈夫ですよ、アイリスさんだって私の何倍も強いですし」
「本当に役立たずな感じだな、俺!」
例えば安全なはずの旅が危険なものになったとしても、俺が動く前にアイリスとラティアが勝手に何とかしているんじゃなかろうか。この世界に来てからどんどん自分に自信が無くなっていく俺である。
「しっかし、陛下ってどれだけ凄いんだよ……国政を全部任されていて、その上剣術も天才か」
思わず呟くと、ラティアがバッと俺の方を振り返る。
「それだけじゃありませんよ! 兄様は物凄く頭が良いですし、優しいですし――」
「はいはい、良いから走ろうラティア。というか、この国に来たばかりのときも同じようなことをお前に語られたぞ、俺」
ここ数日ですっかりこの王女様の扱いにも慣れてきた俺である。
光彩が苦笑する。
「ラティアちゃん、本当にお兄さん……陛下のこと大好きなんだね」
「はい!」
だからその発言は色々とやばくないか、ラティア、相手は実の兄だぞ?
俺はそう突っ込もうとするが、それは唐突に遮られることになる。
不意に目の前に立った影によって。
「な……何ですか?」
ラティアが、目の前に立った男に問いかける。彼は虚ろな目で俺達――ラティアを睨みつけていた。
その手の中で、鈍く光る『何か』。
「危ないっ」
光彩が声を上げたときには、ラティアは既に動いていた。素早く剣を抜き、男の剣を食い止める。
ギン、と廊下に響く金属音。
「くっ……」
ラティアが声を漏らす。
そういえばラティアは城に来る前にも兵士長やあの銀髪の男と戦っているわけで、当然その疲労は蓄積されているはずなのだ。全力が出せるわけが無い。
「ラティア……!」
俺は駆け寄ろうとするが、下手に俺が割って入っても邪魔にしかならないことに気付く。
そこで、光彩に声をかけられた。
「光太君、だったっけ。さっきラティアちゃんを助けたあの力、今も使える?」
「ああ、《炎熱の魔眼》か? 使えるぞ」
「《魔眼》……やっぱり……」
「え?」
「あ、何でも無いよ。えっと、それで光太君。それじゃその力を使って、何とかラティアちゃんを助けられないかな」
「は? でもその程度で……」
「一瞬の隙で良いの。それだけあれば、ラティアちゃんならあの人から離れられると思う。そうしたら、光太君はラティアちゃんと一緒に全力で逃げて。少しの間くらいなら、多分時間を稼げるから」
「なっ……そんなこと!」
「大丈夫だよ、わたしだってこんなところで死ぬつもりはないし……ある程度足止めするか、他の兵士さんが来たら上手く逃げるから」
「そ……そうか?」
彼女は確かに活発そうだが、ラティアでさえ苦戦するような相手と戦えるようには見えな……いや、それを言ったらラティアだって黙っていれば剣なんて振るどころか持ち上げられるのかすら危ういような美少女なんだよな……
……よし。
「じゃ、頼む!」
とりあえずラティアを助ける方を優先しようと、意識を集中。ようやく慣れてきた、熱が一点に集まっていくような感覚――
――ボウッ!
「なっ!?」
男が声を上げ、剣を押す力が僅かに緩んだのが分かる。すぐ目の前に炎が現れれば、そりゃびっくりするだろうな……
ラティアがその隙に男の剣を受け流し、バックステップ。
「ラティア、大丈夫か!?」
「はい! ありがとうございます、コウタさん」
「ああ……って話している余裕は――」
「貴様ぁっ!」
怒りの声をあげる男。飛び掛ってこない辺り、まだ冷静さは欠いていないのだろう。しかしまだ虚ろなあの目が気になる。
俺がラティアの腕を引くのと同時、光彩が一歩前に出る。
「光太君、早く」
「ああ、任せた!」
叫び、ラティアを引っ張って走る。当然のように抗議の声をあげるラティア。
「こ、コウタさん! 何やってるんですか、ヒカリさんを――」
「良いから走れ! あいつの作戦なんだ」
「で、でも……」
「俺達だけじゃ勝てそうに無いだろ、アイリスとか陛下とか、とにかく応援を呼んでこないと。あいつだってある程度足止めしたら逃げるって言っていたし……友達なんだろ、だったら信じてやれよ」
俺の言葉にラティアは黙り込み……少しして、顔を上げた。
「……そうですね。じゃあ、急いで兄様達を呼んできましょう!」
○戦闘の終わり
二人分の足音が遠ざかって行くのを聞きながら、わたしは目の前の男を睨み返す。怒りの表情を浮かべてはいるがその目は相変わらず虚ろなままで、その視線からは何の感情も感じ取れなかった。
相手はただ無言でわたしへと駆け、剣を振り上げる。
「っと」
「何っ!?」
何とかその攻撃をかわすと、相手が驚きの声を上げる。
……よ、良かったぁ、何とか避けられたよ……
わたしは『あの場所』で得た知識のおかげで、人並み以上の身体能力を発揮することも出来たりするのだ。
「……でも、どうしよう」
相手を睨みつけたまま、小さく呟く。
避けているだけなら良いが、あまりやりすぎると――戦闘が長引いたりすると、わたしは倒れてしまうだろう。身体が弱かった頃のように。
だけどわたしには『戦う』術は無い。いや、一応旅をするのだからと護身用に持っている武器はいくつかあるけど、それでも人並み程度には扱えると言った程度。さっきのラティアちゃんとの戦闘を見る限り、この相手はそれで通用するほど甘くは無さそうだ。
かと言って、魔法なんかもわたしには使えないわけだし――っ!?
相手が再び切りつけてくるのを、慌てて避ける。攻撃自体は当たらなかったけど、僅かに体勢が崩れ、隙が出来てしまう。
や……ヤバいヤバい! さっき兵士長に盗みのことを言われたときのそれどころじゃない、本当の本当に、絶対絶命! どうしよう、とにかく避け――ああ駄目だ、とてもそんな余裕は無いっ!
相手がわたしの目の前で、剣を振り上げる。
わたしは思わず目を瞑り――
……しかしいつまで経っても痛みは訪れず、
何かが破裂するような、乾いた音が辺りに響いた。
「え……?」
恐る恐る目を開けると、そこに今まで戦っていた男の姿は無かった。
慌てて辺りを見回しても、やはりどこにもいない。その代わりわたしの背後に、黒いフード姿の――
「レ……レヴィア?」
わたしは呆然と、突然現れた彼女の名を呟く。
彼女は無言で私を見る。フードに隠れて表情は見えないけど……
「もしかして……助けて、くれたの?」
まさかと思いつつ問いかけると……彼女は少し間を開け、そしてポツリと答えた。
「……言ったはずですね。『彼ら』との接触はなるべく避けるように、と」
うっ……こ、これは怒ってるのかな。表情が分からないから余計に恐ろしい。って言うかやっぱり一回の時点でアウトだった!?
わたしは一応言い訳を試みる。
「で、でもこれはその、不可抗力というか、本当にどうしようも無い事情があって……」
「彼らと……特に王女と親しくなったことも、ですか?」
「そ、それは成り行き上というか……」
言葉に詰まると、レヴィアは嘆息。
「まぁ、仕方ありませんね。ラティア様の性格は分かっていましたし、今回だけは許して差し上げます」
その言葉に、心からホッとする。いや、だって怒らせたら何されるか……
そして、とあることに気付く。
「レヴィア……まさかさっきの人、殺して無いよね」
彼女ならやりかねない。
レヴィアはくすくすと笑い声を上げる。
「自分を殺そうとした人間の肩を持つんですの? 盗みは良くて殺人は駄目なんですね」
「う……」
まぁ、確かにその通りというか……流石に殺人は駄目だろうと思っての質問だったのだけれど、彼女にしてみれば大して変わらないと言うことだろうか。
「そ、それでどうなの?」
「……どこか適当な場所に飛ばしました。運が良ければ生きているでしょう」
帰ってきたのは、何とも曖昧な答えだった。……もしかして、『殺した』と断言されなかっただけマシなのかな?
「さて……それと同じ要領で、貴女を街の入り口付近、さっきまでいた場所に飛ばします。『彼ら』はすぐに出発するはずですから、貴女はそれを追ってください」
「う、うん……って、ちょっと待って!」
飛ばすって、さっきの男が消えたのと同じ要領って!? 一体どうやって!? レヴィアのことだから間違い無くさっきまでいた場所に飛ばされるのだろうけど、それ安全なの!?
「ふふっ、そんなに慌てる必要はありませんわ。私がいつも移動に使っている方法を貴女に応用するだけですから。安全です」
レヴィアが私に背を向け、その姿がぼやけ始める。段々と視界が黒く、暗くなっていくような……
って、まだ心の準備が!
「……ああ、それとこれは警告ですが。旅立つのですから心配無いとは思いますが、今後この城には近付かないように」
そんな声を最後に――目の前が、真っ暗になった。
○かつて『左目』であった者達の
「そういうわけで、奏詩さん。アイリス達がそっちに向かっているので、なるべくモンスターの数を減らしておいて貰えますか?」
『ん〜……まぁ、それは構わないよ、こっちには俺もクリスもいるからね。けど君もよくやるね、光也。戦闘とかそれに関する会議とか、色々と終わったばかりだろ?』
「……一応、国政引き受けちゃっていますからね……それで、アイリス達がそっちに向かうことについては?」
『それも構わないよ。三人目……光太だっけ? にも会ってみたいしね……一応クリスに調べさせてはいるけど、彼、どんな人間?』
「その質問をされたのは二回目ですよ……そうですね、普通の高校生でしたよ。少なくとも当時の俺や奏詩さんとは大違いです」
『……まぁ、言い返せないけどね。俺も君も向こうじゃ結構変わり者だったわけだし。それで、用はそれだけかい?』
「そうですね……アイリス達が着いたら連絡下さい」
『ああ。それじゃ』
「ええ、また」
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