○出会ってしまった二人の旅人

「それにしても、遅すぎないかな?」

 町の入り口近く。もっと分かりやすく言うと、私がユニコーン車に轢かれ『左目』一行と遭遇してしまった、その場所で。わたしはなかなか来ない三人を待ちながら、独り嘆息していた。
 だ、だってすぐに出発するって言ってたじゃん! それなのに、もう一時間近くここに立ちっぱなしだよ!? 一応わたしはお尋ね者なことがさっきの兵士長の言葉から分かってしまったわけで、こうしている間にまた誰かに見つかったりしたらどうするの! 今度こそ言い逃れは出来ないと思うんだよレヴィアー!

「……お前、大丈夫か?」

「はひっ!?」

 突然背後から声をかけられ、私は驚いて振り返る。
 目の前に立っていたのは、紅の髪の男性。年は……二十代後半くらい、だろうか。大雑把そうに見えるけれど、どこかしっかりした雰囲気も感じ取れる、そして優しそうな男性。それが、怪訝そうにわたしを見下ろしていた。

「何か一人で百面相してたけど……具合でも悪いのか? だったら」

「だ、だだだ大丈夫ですごめんなさい! 癖なんです! 気にしないでください!」

「く、癖!?」

 わたしは慌てて首をぶんぶんと横に振り、否定するが……ああ、何か余計事態を悪くさせちゃったみたいだよぅ。
 男性は首を傾げながらも、それ以上追及するのはやめてくれた。

「まぁ良いか、人それぞれだし。で、どうして子供が一人でこんなところにいるんだ? ここに来るのなんて国に入る人間か出る人間かのどっちかだろ、町の出入り口であると同時に国境の一つでもあるんだから」

「えっと、その……そ、そうですそうなんです、わたし旅に出るつもりで!」

 どこまで話していいものか悩んだけれど、ここは変に隠すとボロが出そうなのである程度話すことにする。わたしの言葉を聴いて、男性は驚いた顔。

「女の子が一人でか!? しかも徒歩で!」

「あ」

 そういえば考えてなかったっけ……うう、わたしの馬鹿。いくら『あの場所』で知識を得たとはいえ、人間が走ったところで馬車より早いと言われるユニコーン車についていけるわけが無い。いや、あの三人の旅は急ぎじゃないし馬が追いつけないほど全力で走らせるなんて滅多にしないだろうけど、それでも人間より早いことに変わりは無いし……死ぬほど頑張れば追いかけることは出来るかもしれないけど、誰かに見られたら大騒ぎだ。

 そんなわたしを見て、男性は呆れたように嘆息した。

「目的地は? どこか行きたいところがあるのか?」

「え? い、いえ、その、あるというか無いというか……色々とわけありでして、くるくる変わるんです」

「へぇ」

 怪しいことこの上無いわたしの答えに、けれど男性は面白そうに首肯。そして、

「じゃあ、俺と来ないか? こっちは馬車だし、俺も一人よりは二人で旅する方が退屈しないし。もちろん、見知らぬ男と旅するのが嫌じゃなければだけどな」

 ふむ……
 悪い話じゃなかった。人数が多い方が楽しいのは私も同じだし、移動手段は必要だ。あの三人との接触はなるべく避けるように言われたけれど、それ以外の人と関わる分には何も言われてないし。万が一この男性が悪人だったとしても、多分レヴィアは私という使い勝手のいい駒を失いたくはないはず。その証拠に、さっきだって命を救ってくれた……ということは、何かあっても助けてくれるだろう。それ以前に、この男性が悪人とは思えない。どこからどう見ても善人、かなりのお人よしである。

「でも、迷惑じゃありませんか? 貴方にも目的地とか、あるんじゃ」

「ははっ、言われると思ったぜ。けど、俺は行商人なんでな。行先なんて人がいる場所ならどこだって良いんだ。普段も気の向くままにフラフラしてるからな、むしろ決めてくれるなら大歓迎だ」

「行商人? 一人で、ですか?」

 この世界では、そういう職業の人たちは隊を作って集団で旅していることが多いって聞いたんだけど……理由はもちろん、その方が危険が少ないからだ。一人で旅をするのと大勢でするのでは、危険のレベルが違いすぎる。
 そんな意味を含めた私の問いに、男性は曖昧な笑みを浮かべる。

「あー、まぁ俺も色々あるっつーか……無駄にコネは多いから入国審査とかあっという間にパス出来るし、割と修羅場も潜ってきてるから大体の危険は回避出来るし。本当はこの国で少し商売して行くつもりだったんだが、最近立て続けに事件が起こってるみたいだしなぁ」

「そ、そうなんですか」

 入国審査。そういえば国によってはそれがあった。『左目』一行はメモリアの国王代理から直々に許可を得ているし、王族も一緒なのだから簡単だろう。けれどこっちは素性の知れない14歳の少女――しかも王国じゃ軽犯罪者である。レヴィアったらその辺り何もしてくれなかったからなぁ……
 となれば、選択肢は決まっていた。

「じゃあ、連れて行ってもらっても良いですか? えっと……」

「ああ、そういや自己紹介してなかったな。俺はレイル・キャリッジ。さっきも言ったけど、行商人だ。よろしくな」

「光彩……春日光彩です。よろしくお願いしますね、レイルさん」

 差し出された手に、光る指輪。

「……レイルさん、結婚されてるんですか」

「俺だって健全な26歳だぞ、妻子持ちだ。安心しろ、だからヒカリに変なことは絶対しない!」

「そんなことは訊いてません!」

 そうして、ようやく町から出た『左目』一行を追って――具体的には「あああレイルさんそろそろ行きましょうわたし向こうの方に行きたいです!」「随分アバウトだがそれも面白いな! よし捕まってろ!」みたいなやりとりを経て、私たちもまたメモリア王国を後にしたのだけど。
 ……どうやら予想以上に、賑やかな旅になりそうだった。




『じゃ、とりあえず次の国に着いたら、また連絡するわね』

「ああ。そうじゃなくても、何かあったら言ってくれ。ここから俺に出来ることは、少ないかもしれないが……」

『とりあえずしっかり国を治めて……って、ミツヤなら私がいなくてもそれくらい出来るわね。まぁ人の祈りだって強ければ実現するって言うし、私たちの無事でも祈っていてくれれば充分だわあ、浮気しちゃ駄目よ?』

「そっちもな。……じゃ、また」

 苦笑交じりにアイリスとの連絡を終え、俺は静かに嘆息した。

 魔法をかけられた鏡を使うこの連絡方法は、この世界で一番ポピュラーなものではあるのだが、基本的に回数が限られている。回数を重ねるうちに鏡が割れてしまうのだ。それも、互いの距離が遠くなればなるほど、鏡の耐久度は低くなる。……つまり、彼女たちが旅を続けるにつれて、連絡出来る回数はどんどん少なくなる。割と値が張るものだから、気軽に買い替えるというわけにもいかない。割れないように特殊な魔法をかけられた鏡もあるらしいが、『左目』一行にそこまで金をかけるわけにもいかなかった。
 もちろんそれも予想していたことではあったし、元々この鏡も彼女たち同士で連絡出来るようにと渡したものだった。アイリスはともかく、この世界についてほとんど何も知らない光太と初めてこの国から出たラティアは、万が一アイリスがいない間に何かあったとき、解決する術を持たないから、と。

「けれどそう割り切ることは出来ない。くすっ、あの忌々しい『右目』も、よくそこまで陛下を誑かしたものですわね」

「レヴィアか……」

 呻くように振り返ると、そこには最早見慣れた黒い影。そのまま笑うことを止めない彼女を、俺は睨みつける。

「随分と機嫌が良さそうだな」

「ええ、だってこれで邪魔者はいなくなりましたもの」

 くすくすと。今まで見たことが無いほど明るい声で答え、レヴィアは笑いながら、座っている俺に近づいてきた。そうして俺の目の前で立ち止まって、一言。

「お分かりですか? 陛下。『右目』がいない今、私がこの国に何をしようと、止められる者は貴方しかいない」

「……まさか!」

 思わず身構え、立ち上がろうとする俺の頬に、レヴィアはそっと手を伸ばす。
 ひやりと、冷たい……生きているとは思えないほど冷たい感触。硬直する俺に対し、彼女は本当に楽しそうに、フードの下に見える口を歪ませた。

「そして――今ここで私が陛下に何をしようと、止められるものは一人もいないのですよ」

「っ!」

 背中に走る恐怖。そして、一瞬だけ見えた『あるもの』に、俺は目を見開く。
 影になったフードの下。顔立ちこそ分からないが……それでもはっきりと、紅の光を放つ瞳が見えた。アイリスの瞳が炎のような緋(あか)ならば、そして魔王の側近たるクリスがルビーのような赤ならば、こちらは暗く澱んだ、血のような紅(あか)。

 それはこの世界において、人外……それもとてつもなく力の強い存在だけが持つとされる瞳だった。
 精霊であるアイリスや、吸血鬼の真祖である二人のように。

「レヴィア……お前は」

「……一つ、『助言』を、陛下。いつまでも私がこの国のために動くとは、思わない方がよろしいですわ。抑え込んでいた憎しみがいつ溢れ出すか、最早私にも分からないのですから」

 俺の答えを待たず、笑いながら消えるレヴィア。
 彼女の立っていた場所を見つめながら……俺はそっと、見開いていた目を閉じた。




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