「ねぇねぇ、こんな七不思議知ってる?」

 級友たちの耳障りな声を聞きながら私、吉田波間(よしだ はま)は溜息を吐く。
 ……どうしてああも盛り上がることができるんだろう?
 私には確かに友達は多くないかもしれないが決していないわけでもない。その友人たちとの付き合いを思い返してみても怪談というテーマで、あるいは他の何のテーマであれ、あそこまで盛り上がれるものとは思えなかった。確かに七不思議というテーマは私の好奇心を大いに刺激するけれど、幾つも持ち寄ってまでする話ではない。そもそも7つ知ると死ぬとか言う噂じゃなかったっけ?
 そんなことを考えていたら目の前のことを忘れるところだった。今は授業中。こそこそ話に耳を傾けてばかりいないで板書を写さないと。数学のような作業の正確さを競う授業と違って、国語は暗記だけじゃ身につかない。
 朝起きて、学校に行き、こうして勉強して家に帰り、寝る。そういった日常がいつまでも続くと思っていた。
 だけど日常はあっさりとそっぽをむいて、非日常が反旗を翻す。
 それはよくある話で、ちっぽけな休み時間ではなく、長く濃い時間を提供する放課後に起こった。



「よし、それじゃあ文化祭の準備のために今日は残ってくれ!」

 教師の一言はクラスメイトの不安を声に出させるのに十分だった。この学校は文化祭があまり盛り上がる方ではない。むしろ体育祭の方が力が入っていて、やってくる父兄の数も多い。
 それだけにこのクラスも力が入らず、文化祭準備は遅延を極めていた。私たち含め2年生は特にひどく、どのクラスも文化祭一週間前を控えても未だに何をやるのかすら決まっていなかったが、毎年似たような状況だと聞いている。だからこそ私たちも別に焦ったりすることはなかったのだが……。
 今年赴任してきたこのクラスの担任は、県下一の文化祭を誇る学校から来たらしくその状況が気に食わなかったようだ。それでも今週の初めまでは我慢していたのだが、一週間前を切ろうかという先週金曜にとうとう怒りだしてクラス全員を巻き込んで文化祭準備にのめりこんだ。
 だから冒頭の一言は、金曜は夕方には帰宅することができたものの、もうやらないでくれと思っていた生徒たちを怒らせるのには十分な言葉だったのだ。これで怒るのも当然と言えば当然だった。
 私はと言えば、帰宅が遅くなるなぁとかめんどくさいなぁ、と思った他は別にいやという感情が心の中を占めてしまって、こんな感情ばかりの生徒が手伝うのだとしたらあまりはかどらないだろうな、なんて考え始めてしまう。
 とりあえずめんどくさいと思ったことは事実なので参加しない方に加担するかなあ、と思っていると今まで反対意見を言っていた人の内、女子生徒の声が小さくなっていく気がした。それに不気味なものを感じたのか、それともただ単に声が小さくなってきたのを感じて自分の声も下げようと思った人が多かったのかは知らないが、男子生徒の声も小さくなっていく。
 次第に小さくなっていく反対の声は、女子生徒が男子生徒に何らかのアクションを起こしたおかげでほとんど聞こえなくなった。ざわついてはいるものの、反対の声がなくなったことを空気でも感じる事が出来る。
 そのことに教師は若干の不安を憶えているようだったが、とりあえず乗り気になってくれたと思ったのか彼は意気揚々と自分のプランを語り始めた。私を始め、誰ひとりとして聞いている者はいないだろうがそんなことを気にする人がいる様子はない。
 私は頬杖をついてぼんやりとしていると後ろの席から束ねた黒髪を後ろに垂らした女子生徒、神崎瑠奈(かんざき るな)がちょいちょい、といった感じで肩をつついてきた。

「はいこれ。吉田さんの分ね」

 そう言って渡されたのは小さく折りたたまれたメモ帳。教師の目をすり抜けて会話をする必要がある時にこういったメモ帳が回されるのはよくあることだからもう慣れっこだ。中を開いて見ると『4』と書いてある。
 4……? 何かの班分けだろうか。でも班分けが必要になるようなイベントが何かあっただろうか。いや、教師の目を欺かなくてはならないということはきっと非公式で、そしてその計画を私が聞かされていないということだろう。仕方がないので、メモ帳を渡してきた神崎さんに聞いて見る事にする。

「神崎さん、これは……?」

「あれ、知らないの? きっとあのセンセのことだから深夜までやらされるだろうから、目を盗んで肝試しでもしようっていう話になってるの」

「肝試し……?」

「うんそう。ほら、最近建て替えられた教室棟と違って、管理塔は歴史があるじゃない? だから肝試しでもやったら楽しいかな、って。最近は七不思議が新しくなったらしいし」

「七不思議……? そんなのあったっけ?」

「えーとね、今のはなんだったかな。毎年変わってるらしいんだけど……。……あった! これだよこれ」

 そう言って彼女が見せてくれたのは手帳にびっしりと埋め尽くされた七不思議についてのメモだった。そのうち少なからぬ文字には上から訂正線が引かれている。

「これ、全部……?」

「ああいや、いまは線が引かれてないのだけだよ。趣味で集めてるんだけど、結構皆やってるみたい。乙女の嗜みみたいなもんかなっ」

 その台詞に「私は乙女じゃないと言いたいの?」と切り返したい気持ちを抑えつつ、メモ帳に再び目を落とす。バラバラに並んだ七不思議を全部集めるのは大変だったが要約すると次のようになる。

1.深夜の学校には少年の霊が出て刃物を手に追いかけてくる。
2.音楽室の壁に掛けてある肖像画が大声で笑う。
3.中庭の遊具で死んだ少年が遊具に取り付いて、何人も呪い殺している。
4.葬儀屋の多い正門近くの四つ辻には、何か良くないものが集まる。
5.トイレに花子さんが詰まっている。
6.塔の13階にある鐘が鳴らなくなったとしても無理に鳴らそうしたり外そうとしてはいけない。
  鐘は破魔の力を持っているから運が悪いと憑いたものに食べられる。
7.ある日少年が深夜、学校に忘れ物を取りに行った時の話だ。
  少年はシンと静まり返る管理塔に不気味なものを感じながらも明日の発表で使うための資料を回収するために、13階まで行かなければならなかった。
  1階では何も起こらなかった。
  2階では蛇口に溜まった水が跳ねて音をたてた。
  3階では警備用の蛍光灯がちかちかと点滅していた。
  4階では壁に立てかけてあったモップが突然倒れてきた。
  5階ではゴミ処理場のなかにいるような異臭が漂ってきた。
  6階では空気が冷たくて、鳥肌が肌一面に出来るほどだった。
  7階では友人が天井から下げた紐に首をくくっている影を見た。
  8階ではたくさんの虫が皮膚を這いまわっている幻覚に襲われた。
  9階では幽かな人魂のようなものが9階のフロア中を移動していた。
  10階では締め切られていて吹くはずのない風が書類をかき乱していた。
  11階では誰もいない部屋から誰も歌っていないはずの歌が聞こえてきた。
  12階では半紙に墨汁で「オワリ」と書かれた紙が一面に張りつくされていた。
  13階では何も起こらなかった。
  しかしその後彼の姿を見た者はいない。

 確かに中庭には誰も使わないような遊具があるし、管理塔は13皆建てでてっぺんには鐘が置いてある。正門前には3件ぐらいの葬儀屋さんが並んでいるらしいし、音楽室の壁には肖像画が掛けてある。
 だからこそこれが起こるわけがない、と思ってしまうところに私の欠点があるのかもしれない。こんなに身近にたくさんの秘密が落ちているわけがない。そもそも非科学的だ。そう言って私は場を白けさせてしまう。
 私は参加を断ろうとしたけど、教師が「じゃあ始めるぞー。分担は――」と言って始めてしまったので言う機会をもらえなかった。
 きっと深夜まで続くことはない、そう信じることでこの場は自分の心をごまかそう、と決めて私はやる気のない作業に没頭し始めた。




 深夜近くになり、最終下校時刻などとうの昔に過ぎ去ったこの時間になっても、クラスの面々は誰ひとりとして欠けずに残っていた。家族と問題にならないように、と教師は言っていたが電話ですらほとんどの生徒は掛けた様子がない。
 一人でも抜けたら私も、と言って帰ることもできるのだろうが、いかんせん誰もも抜ける事がない。タイムリミットが近づいてきているのは分かるのだが、一歩を踏み出す勇気はなかった。きっと他にも参加したくない人たちはいて、その人たちもこうやって耐えているんだと思うことで、私は何とか耐えていた。
 やがてぽつりぽつりと教室を抜け出す人が現れてきた。その人たちは肝試しに行って13階まで行ったら帰ってくる。所要時間は10分程。それだけの時間ならば教師の目を欺くなど彼らにとって容易いことでしかない。最悪の場合は携帯電話を使うこともできるのだ。何も恐れる事などないだろう。
 あの後作業をしながら伝わってきたルールはこう。
 作業している普段の教室を抜けだし、管理塔の13階まで行って鐘に貼ってあるノート片に名前を書いて帰ってくる。途中、何か所か七不思議の沿って配置されているらしいチェックポイントを通過してこの教室までかえってくる。ドジを踏んだ人のことは見捨てても構わない。そのためにクラスメイト全員は「裏切らない」という約束を書いた誓約書に署名させられた。
 回る順番は私の預かり知らぬところで決められたが、どうやら最後らしかった。それまで帰れないとしたらうんざりするほどに遠い。
 正直に言って退屈なうえに長い時間を過ごした私は、順番が回ってくると同時に早く帰りたい一心で立ち上がった。もうすでに私の心の中には「早く帰りたい」以外の感情は存在していなかった。

 共に行動するのは4人。私の他には神崎瑠奈、倫道すぐる(りんどう すぐる)、藍鳳(らん ひしょう)の3人。クラスメイトの接触が極端に少ない私にとっては神埼以外はほとんど初対面と言っていい面子だった。くじ引きだから仕方がないと言えば仕方がないけれど。
 別にそのあたりについては気にしないので適当に挨拶をしておく。倫道少年は小柄でいかにも活発そうな外見をしていて、藍少年は対称的に背が高くて根暗そうだった。男の趣味は、なんて聞かれても困るけどこの二人はきっと入らないだろうな、ということだけは確実だった。そもそも私は人が好きじゃない。
 そのあたりは諦めが肝心、と私は悟ったようなふりをしてそこそこに打ち解けるとどのように回ったら効率がいいかを頭の中に組み立てる。
 音楽室は2階で、中庭は教室棟と管理塔に挟まれる様に、正門は中庭に面するように配置されているから、そのあたりは始めのうちに回っておかなければならない。トイレはまあ、どこにでもあるから1階でも2階でも好きな方を使えばいい。学校の使用する教室が連なる4階までの構造はおおよそ校舎という名に見合うものだが、それ以降は塔という名にふさわしく螺旋階段が続くだけだ。4階に着くまでに全部回ってしまえばあとは階段昇降の訓練とでも思えるから楽になるだろう。
 そこまで考えると私は3人の仲間とともに、暗い廊下を歩きだす。

 まず私たちが向かったのは中庭だった。とはいっても中庭には遊具なんて存在しない。そもそも学校に遊具が存在するわけもないのだ。
 ぽっかりと開けた空間にところどころ低い木が植えられていると言った感じの中庭は、夜の闇に包まれてひっそりと不気味ではあったものの、特に何事もなく通過する。何かが起こるなんてあるはずもないのだ。
 私たちは肝試しの空気を味わうように小声で会話しながらそっと正門に向かって歩く。正門は中庭から見えるほど近く、中庭からの見通しもいい。昼食時に買い物に行こうとする生徒を見逃さないように見通しがいいんだという声が上がるほど、目と鼻の先にある。
 そしてそこから数分も歩けば、そこかしこに葬儀業者の看板を見つける事が出来る。どうも、交通の便や地価といった問題でこのあたりは彼らにとって都合がいいらしい。
 そこでも何も起こらず、私たちはすぐに引き返して管理塔に向かう。時間は限られている。教師が帰ると言いだす前には教室に戻らなくてはならない。そうでなければ叱られる可能性もあることだし。

 ここまでの行程での小声での会話で、私は倫道、藍両名の第一印象があまり間違っていないことを確認した。倫道は終始はしゃいでいるような調子だったし、藍は冷めたような目ではしゃいでいる倫道を見つめていた。
 自然、そこそこミーハーの気がある瑠奈と倫道が中心になって藍と私がそれを取り巻いているような図になる。いつも輪から一歩外れている感じは私にとっては居心地がいいので、ちょうどいいと言えばそうなのだが。
 私たちは会話もそこそこに管理塔に入るとトイレを目指した。

 管理塔のトイレは明かりをつけていても薄暗い。その上教師に気づかれないように懐中電灯のみで探索するというのはかなり難易度が高かった。幸いなことは使われることがあまりないため、その分臭いはきつくはなかったことぐらいだろう。
 私と瑠奈は女子トイレの中をあらかた見終えると男子達に交代する。彼らは男子トイレに入り、探索を開始した。流石に男女で同時に行動するのはリスクが高いから……、と考えだされた苦肉の案だ。これなら異性のトイレに入らなくても済むし、全員が平等に探索をすることができる。ついでに緊急時の見張り役も置くことができる、というわけだ。私と瑠奈は特に会話もないままにそれを待つ。
 待ち始めて30秒ほどした時だろうか。

「うわっ!」

 それでも押し殺した、倫道の叫び声が届いた。何事かと思ったけど、藍の声は聞こえてこないので大丈夫と判断し、しばらく待つ。
 するとすぐに二人は出てきた。別に何かが起こった様子はない。

「いや〜、あんなところに人形なんて置いておくなよ……。どうせうちのクラスの仕業だろうけどな」

「え? なになに!? 何があったの!?」

「いや、それがでっかい人形がさ」

「……人形?」

「花子って書かれた人形が便器ん中に押し込められててさ、詰まってるよ! あっはははは! 再現でもしようとしたのかな!」

 私と瑠奈は顔を見合わせる。花子が詰まっている……?
 不吉なものを覚えながらも私たちは2階の音楽室に向かった。

 当然ながら音楽室の扉は開いていないし、遠くから肖像画を見る事になる。バッハやベートーヴェン、モーツァルトと言った音楽家たちが並ぶ壁は思ったよりも扉から遠くて、細かい部分を見る事は出来ない。だけど流石に七不思議に入れられるだけあって不気味さだけは伝わってきた。
 どこかで水の滴るような音がした気がして、私は少し不気味に思った。

 そこでも何も収穫がなかった私たちはいよいよ13階まで上ることになった。「やめよう」と言い出す人はいなかったし、クラスメイトに笑われるのも嫌なので、私もここまで来たら行くしかない。
 3階を階段で通過して4階に上る。塔に上る螺旋階段は3階から13階までを貫いているけどぐるぐる回る分長く感じられる。だから上る時は4階まで直線の階段を上って螺旋階段に行くのが私たちの中では普通だった。体力の有り余っている学生でも無駄な体力は使いたくないのだ。
 4階は螺旋階段に向かうために廊下を通る。幾つかの教室を通るけどここらにめぼしいものはなく、ほとんどが資料室になっている。中にあるのは基本的に本棚と掃除用具だけ。鍵も年に一度くらいしか開けられないと聞く。丁寧に保存するために管理をするのだそうだ。それはつまり、この資料室は学校にあっても意味のないことを示している。
 途中で一回カタンッという音がした時には倫道が驚いて皆が笑った。
 そんなに長くない廊下の反対側まで辿り着くと螺旋階段に辿り着く。半径は1mほどでそんなに広くないため一人ずつ歩くことになる。当然男子二人が前で女子は後ろになる。こうなると男子同士、女子同士以外の会話が成り立ちにくくなるため、私は前を歩く瑠奈にぶつからないようにとだけ気を付けていればよかった。大抵の会話なら、意識せずともこなすことができる。
 螺旋階段はところどころに窓があってそこから四方を見渡すこともできる。幾つかは教室の方を向いているからそこには光を当てないように気をつけなければいけないけれど、どちらにせよ懐中電灯を持っていない私にはあまり関係のない話だった。
 5階、6階と上っていき、そろそろ7階にさしかかろうという時に前の方から声が聞こえた。

「え……?」

 見ると藍が何かに怯えるように教室の方を指差しているが、前後を挟む倫道と瑠奈は何も見つけられないようだった。

「よ、吉田は見えるか……?」

「ちょっと窓までは見えないよ」

 そう言って私は落ちないように気をつけながら瑠奈と位置を交代する。窓を覗き込んで見るが

「なんだ、やっぱり何もないじゃ……」

「……嘘だ……。あんなにリアルなのに……。首が……、首が……」

「……?」

 藍が落ち着くまでに数分かかり、それまでに私たちは疑心暗鬼に陥っていた。本当に"出る"んじゃないかという疑念。実は藍が嘘を吐いていただけなんじゃないかという疑念。私がとっているのは残念ながら後者だった。今までの2回の騒ぎ、両方に藍は関わっている。
 私たちは互いに警戒しながらも、それでも足を止める事はなかった。祟られるよりも、明日クラスメイトに怖がりだと馬鹿にされる方がよほど恐ろしかったのだ。
 8階を過ぎ、9階を過ぎて10階まで行くとそよ、と風が吹いた。

「何でこんなところの窓があいてるんだよ……。誰か閉めてけよ……」

「ばれてもいいのかね〜? あっはは♪」

 倫道が瑠奈と楽しそうに会話をしながら窓を閉める。鍵をかけたことを確認して一行は歩き出した。流石に疲れてきた足を必死に前に出して歩くような感じ。13階は遠い。
 何事もなく11階を通り過ぎる。すると瑠奈が話しかけてきた。

「そういえば、7つ目の7不思議、少しだけあたってるね。何もない1階、2階の蛇口、7階の首に10階の風……!」

「偶々だと思うけど……。それに当たってないものの方が多くない?」

「いいの、いいの! あっ、12階についたね。…………え?」

 後ろを向いていた私はその声に振り向く。するとそこには、
「オワリ」と流麗な文字で書かれた無数の紙がいたるところびっちりと、それこそ12階というフロア全体を埋め尽くすような勢いで貼り付けられていた。その数は、きっと100や200では済まないだろう。張り付ける作業以前に、半紙を買って来るだけでも大変そうな分量だった。

「……」

 誰もが黙り込む。そうだ、これは明らかにおかしい。
 今まではいたずらや偶然で片付けられていたけど、これは明らかに意図的だ。そうでなければこんなことをやることはできない。
 そしておかしなことがもう一つ。"なぜ今まで通った人たちはこれのことについて何も言わなかったのか"。前の人たちが貼っていったとしてもこれだけの分量を張るのは相当時間がかかるはずなのに、時間的におかしなところは全くなかった。あちこちのチェックポイントにおいてある名簿にもそれぞれの名前がサインされていた。だからやっぱり、おかしいのだ。

「は、はっは、ははは! すげえや! あいつらここまでやっておれたちのことを驚かそうとしてるぜ!」

「…………」

「そうだな……」

「…………」

 うすら寒い気分を味わう女子を尻目に、男子はこんな状況でも精一杯空元気を出そうとしている。瑠奈なんて顔まで真っ青だというのに……。

「大丈夫……?」

「う、うん。大丈夫……」

 そんなことを言っても瑠奈の顔は真っ青のままだった……。




 思ったよりもあっさり最上階につくと、そこには少しだけ開けた空間とそこで撞くことができるように高さが調節された鐘がある。鐘はお寺にあるような重くてしっかりしたようなものではなく簡易製のもので、さらに長い年月を過ごすうちに既に使えなくなってしまっているらしい。それでもそこそこの大きさには見えるのだから随分と大きなものだ。
 鐘の内側にはうちのクラスのクラス名簿が貼られており、そこには既に私たち4人以外の全員のサインが書かれていた。私たちもそこに近付き、書いていく。私は書き終わるとペンを藍に渡して外に出る。既に瑠奈と倫道はサインをし終え、外に出てきている。

「全く、一体なんだったんだろうね、あの半紙……」

「…………」

 瑠奈はまだ顔色が冴えない。なにかまずいことでもあったのだろうか……?
 私がのんきにもそんなことを考えていると、後ろでものすごい音がした。

 ごわーん、ごわーん、ごわーん!!

「なっ……!? 藍!?」

 慌てて後ろを振り向くと、あの大きな鐘が落ちてきて、横倒しになっていた。そしてその下から、赤い、赤い……。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 声を出したのは私ではなかった。瑠奈が、瑠奈が大きな声をあげて螺旋階段を駆け下りていく。そしてあっという間に姿が見えなくなった。

「藍! 藍! しっかりしろ! い、今救急車を……!」

 倫道は鐘をごろごろと転がすと下に挟まれていた藍を助け出そうとする。しかし既に出血の量が半端ではない。急いで救急車を呼ばないとまずいことになるだろう。
 私は横たわる藍を目に焼き付け、急いで瑠奈の後を追って先生に連絡しようと――

 ――え?

 混乱した頭では理解できないことが起こっていた。いや、既に限界など通りこしていたのかもしれなかった。
 藍を起こそうとする倫道のそばに、目隠しをした子供が、まるで倫道の首を落とそうとするかのように大きなはさみを持っていた。
 手に持っているはさみは私が見たこともないような大きさで、両腕を使って小さな少年は掴んでいた。その刃はまるでよく砥がれた日本刀のように切れ味が良さそうで、てらりと光っているように私は感じられた。

「藍! 藍! しっかりしろ! 藍!!」

「に、逃げて倫道!」

 私が大声で叫ぶとその声が届いたのか倫道はこちらに顔を向けて



 ずち



 いともあっさりと首を落とされた。
 骨すらも切り落とされるのを逃れられないような強力な一撃……。遅れて届く、血が飛び散る音……。
 私はいともあっさりと友を見捨て、逃げ出した。

 駆け下りる、駆け下りる、駆け下りる!
 半紙の間を通過し、漏れ聞こえてくる歌を聞きながら駆け下りる。
 まるで7不思議。まさに7不思議! だから私にはわかった。

 あの少年は私を追ってきている!・・・・・・・・・・・・・・・

 だから逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!
 でもここにいたことはばれないようにそこのあいている窓は閉めないと!
 私はさっき閉めたはずの窓を閉めて、また駆け下りる。大丈夫、そんなに足は速くないみたい! だから逃げる逃げる逃げる!
 異臭も鳥肌も虫が皮膚を這いまわっているみたいな感覚も人魂も全部関係なかった。それ以上に圧倒的な速度で背後に迫ってくる"死"が怖かった!
 だから逃げて、逃げて、逃げて、逃げる!
 螺旋階段を降り切って3階。ここから向こうの階段まで逃げて――
 それ以上は考えられなかった。そこにあの少年がいたからではなくて、

 そこにさっきずっと前に逃げたはずの瑠奈が真っ赤になって横たわっていたから!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 足を滑らせてきっと落ちてしまった瑠奈がいたから!

「……いい、ひっ……。ああああああああああっ!」

 逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる!!!!!!!!!!!!
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 階段を降りて中庭に出て、さっきはなかったはずの遊具・・・・・・・・・・・・・なんてものを見つけてももう気にしない、気にしてられない!
 正門は駄目だ悪いものがいるから、七不思議になんてかかわらなければよかったさあ一回教室に戻ってクラスメイトと談笑して正門を通らないでさっさと帰ろうそうしようそれが一番いいだって何が起こっても他の人のことは見捨ててもいい見捨てられても文句は言わないって誓約書も書かされてし問題なんてあってないがごとしに決まっているんだから良いに決まっているじゃないか!
 教室に逃げ帰る教室に逃げ帰る教室に逃げ帰って見つけたのは先生だけ、え?他の人たちはどうしたのみんなどこに行っちゃったの先生返事してよお。

「あ〜あ、君だけは生き残っちゃったか。まあ仕方ないかな」

「……え?」

「だって知ってるんだろ? もともとの七不思議は"彼"なんていう曖昧ものじゃなくてRって書かれていたことぐらい知っているんだろ? だって君がうわさを広めたんだから」

「……え?」

「ああ、そうだひとつ言い忘れていたね」

 彼はそう言ってほほ笑むと、その顔とはまったくもって似合わない台詞を呟いた。









「鐘を落としちゃ、だめじゃないか」